節分とお寺の関係
「鬼は外!福は内!」。2月3日は節分の日です。多くの方が幼い頃、保育園や家にて豆まきの経験が一度はあるのではないでしょうか?
私がまだ幼い頃は鬼に扮する大人たちも本気で怖がらせていました。逃げる子供たちを追いかけまわして泣かしていました(笑)私もよく泣かされたのを覚えております。しかし最近の鬼たちは子供たちを必要に怖がらせることもないようです。これも時代の変化を感じるところであります。
さて、節分ですが全国の寺院でも「節分追儺式」として開催されています。テレビなどで有名人が有名寺院で豆まきをする様子が放映されています。
私が修行させていただいていた曹洞宗大本山總持寺でも石原軍団(石原裕次郎さんのお墓が總持寺にあるご縁)や時の横綱・大関なども豆まきに訪れていました。それだけ現在も日本の伝統文化として広く愛されている行事です。
それでは節分ですが、「季節の節目となる日の前日」を指します。日本の季節は一年で四つあります。立春、立夏、立秋、立冬になります。
以外かもしれませんが、節分は年に四回あるのですが、日本では基本的には立春の前の日に認識されています。これは旧暦に立春は一年の始まりとされていた
平安時代から季節の変わり目には邪気が芽生えると考えられていました。確かに季節の変わり目は体調を崩したり、生活リズムをくずしがちになります。
現代人は科学の進歩により、理由と対策ができますが、当時の人からすると、季節の変わり目による体調不良などにたいして、畏敬の気持ちがでてきても不思議ではありません。
そこで、一年の始まりにあたる立春の前に悪霊払いをする慣例がうまれ、一年間の無病息災や国家繁栄を祈願したのです。この悪霊や邪気を「鬼」として鬼の嫌いな豆(魔滅)を投げ、鬼(邪気)を追い払う形式(追儺)が室町時代以降には定着したようです。
宮中行事で浸透していた行事が江戸時代には一般庶民にも浸透していき、現在の形になったといいます。
ここでわかる事はお寺と節分は関係ない事がわかります。かといって神社でも関係ありません。節分は何らかの宗教というよりも、古来の人間たちが懐く畏怖や無病息災を願う気持ちが文化となって現在でも根付いている行事になります。
お寺や神社で節分会(祭り)が開催されるのは昔の人々の集う場所がお寺や神社だった。こう解釈していただければ宜しいのではないかと思います。
最近では、クリスマスやハロウィンなどの祭りをメインとした行事が増えていますが、節分などの文化は今も変わらず、人々の無病息災などを願う行事です。宗教に関わらない、日本の伝統として護り受け継いでいきたい行事であります。
ちなみに上記の写真は青岸寺に所蔵されている「五趣生死輪図」です。作者は青岸寺十四世住職要宗のもので嘉永5年(1852年)に書かれています。
元図はあるようで、この図についても機会があれば説明させていただきます。
住職 慧嶽 匡宏 合掌
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