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お客様は神様?仏様です/たぬき和尚との小話シリーズ

住職:どうしたのよ。顔真っ赤にして。

住職:(たぬきなのに)…たぬ吉君油揚げ好きだもんね。油揚げが通常2枚が5枚になるスペシャルメニューだ。

住職:なんだったの?

住職:(笑)

住職:な、なに(笑)

住職:店員さんも悪かったけど、たぬ吉君も少し怒りすぎじゃない?

住職:(やっぱり少し面白いな)…気持ちは凄くわかるよ。でもね…ここで少しお客様は神様という表現に少し違和感があるんだよ。

商売する側が「お客様は神様です」と思うのは素晴らしいことだと思うよ。

住職:でもね、

住職:商売される方からの視点はそれで良いでしょう。しかし、私達消費者は「神」ではありません。偉くもなんともありません。ここを勘違いされている方があまりに多いような気がします。どこまで、「人」対「人」の関係です。一定のサービスに対して、対価を支払う次点で契約は成立しているわけです。勿論、商売側は接客も込みで考えています。だからと言って、消費側の姿勢も考えなければいけません。消費者側は接客も込みで店を選ぶ自由がありますから、嫌な気持ちになれば選択はいくらでもしていいのです。

住職:だから私達青岸寺の参拝者には「お客様は仏様です。ただし、私も仏様です」と説明します。

私も仏様、あなたも仏様、仏様同士だから、お互いに敬意を持ちます。自然と尊い存在として敬い、共にこの世界に住んでいる人間として、繋がり、和顔愛語で接し合います。そこに上下はありません。

住職:そうなんです。相手は同じ仏の心をもった仲間であります。最近は少しお互いにピリピリしすぎな感じがします。もっと本質的な「人」と「人」で相対する場合は相手への敬意が必要であります。

住職:今回のたぬ吉君の例でも、相手が注文を間違えた。その際に、たぬ吉君が間違いを指摘する。ここは問題ないでしょう。この際にに店員さんは素直に謝り、「直ぐ新しいのをお持ちします」と誠意もって謝罪し、たぬ吉君も「もったいないのでこれで大丈夫ですよ」と許し、店員も「本当に申し訳ありませんでした。」などお互い心を込めて対話すれば、気持ちのいい時間になります。

住職:私も人間だから、参拝者の方で高圧的な態度や辛辣な言葉使いの方などに相対すると、対応が億劫になってしまい、必要以上にその方に時間を割こうと思わなくなります。しかし、反対に、とても丁寧な対応をしていただくと、こちらも参拝者にとってより良い情報やおススメなどをお話したくなります。ですので、お客さんの方も損している人と得している人ができますので、基本的には、相手も仏様だと思って接すれば、相手も仏様として対応してくれることが多いと思います。

住職:そうだね。だからこそ、青岸寺では「私も仏、あなたも仏」として対応しております。青岸寺は仏の心で参拝していただければ、とても素晴らしいお寺です。本尊様、庭園、建物、喫茶。仏性で世間を感ずれば、みな仏性です。是非、他のお店でもお客さんとして行く時は、少しでも思い出していただけたら幸いです。

住職:行ってしまった。結局そこなんだね(笑)

住職 永島 匡宏&たぬ吉和尚 合掌

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